熊本地震に想ふ、バタフライエフェクト

少々乱文だけど、許して欲しい。

助かるはずだった命が、熊本地震にはある。

SNSの発展が幸か不幸か人の行動を多様化させ、正しい(効率的な)動きが善意ある無知の人々によって阻害されている。東北大震災で感じた違和感がこの熊本地震で確信に変わった。

国の統制機関が定めた一連の震災対策がある。緊急時の対応マニュアルなるものだ。数学的に「賢い」と言われている人たちが、計算に計算を重ねた結果、最も迅速に最も多くの命を救う、最も被害を少なくする手段。それをまとめたもの。無論、状況は常に変動し、マニュアル通りに事が運べるわけではない。但し、少なくとも、その場の勘やジャストアイデアなんかではなく、何度もシミュレーションを重ねた結果の、ベストベターな手段なのである。つまり、1つの軸となりうるものなのだ。

間違っても僕ら凡人なんかでは思いつかないようなことまでも想定している。ありとあらゆる可能性を算出している。その上でのマニュアルなのである。そこに感情はない。あくまで俯瞰的で、感情などという何の助けにもならない足かせは外し、広く満遍なく援助が届くように。ただそれだけなのである。

なのにだ。SNSの発展において、その秩序が脅かされている。嘘か誠か定かでない無数の情報が飛び交い、それに奔走される無知な群衆が支援活動を非効率化している。しかし当の本人達にその意はない。善意で動いているが故に責めることもできず、またそこには小さいながらの結果が伴い、また賞賛の声が少なからず存在し、そこに生まれしループが呼び水となり、また1つの善意なる非効率な支援活動を助長する。

そして、助からない人が1人でも出ると「国の支援がなってない」と罵倒するのだ。

こんなことがあってもいいもだろうか。これが民主主義なのだろうか。善意ある無知な人々のせいで非難される国や自治体。相対評価で位置付けられた日本のピラミッドにとって、賢い人達はほんの一握りであり、他の多くの者とは理解しきれない大きな溝が必ず存在する。その溝がある限り、この問題は解決の糸口が見つからない。一度溝を超え他の多くの意見に身をまとえば、一瞬にして日本は崩壊するだろう。とどのつまり今の日本を支えているのは一握りの賢い人達であり、善意ある無知な人々ではないのだ。

ただ少なくとも東北の震災時から今日に至るまで、その橋渡しはできていない。

SNSで被災者のリアルと思われるツイートを見るたびに、祈りに似た物理的には何の役にも立たないリツイートを見るたびに、このどうしようもない感情に苛まれてしまう。

最後に。

数余るほどの救援物資が、国から被災地に送り届けられます。善意ある無知な人々さえ邪魔をしなければ。最速で届きます。

1人1人の小さな行動が積もって山となり壁となり、支援への道を遮断している。足りていないのは物資ではなく、道であり、物資を運ぶ手であり、善意ある無知な人々の理解力なのである。

今僕らができる最善の支援方法はお金だけなのである。そのことに1人でも多くの人が1秒でも早く気づいて欲しい。

どうか小さな力が最良の影響を及ぼすように。

熊本市長、支援物資など地震に関する「電話での問い合わせを極力遠慮してほしい」と呼びかけ – ねとらぼ

【Yahoo!基金】熊本地震災害緊急支援募金

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